野沢南高バスケ部の会

佐久市中込にて
れい子の高校バスケ部仲間の飲み会
地元に住む男女6名が集う
高校バスケ部の恩師が今年度で定年退職されるそうで
その記念バーティーの打合せとか・・
『たまには酒飲めばいいじゃん・・』と
佐久市内山のれい子実家から送り迎えるおいら
『ちょっと顔出すから解散する前に呼べや・・』ってことにして
実家でれい子母と子供たちと夕飯食べて
21時過ぎに居酒屋へ

れい子同期の佳代ちゃんに
何度かここに登場してもらっている野沢北高バスケ部顧問の柳沢勝美先生に
今日知り合った役場勤務の木次君に
イルミネーションで有名な地元某真空機器メーカーに勤務の浅丘君
彼らのバスケ部仲間や同級生がおいらと同じ会社にいたりして
『世間は狭いなぁ・・』なんて話したり
勝美君とバスケ談義に花咲いちゃったりもして
そこから2時間、ご一緒させてもらう
ミイラ取りがミイラになりかけたけど、ウーロン茶で我慢して・・


れい子から常々に聞いてはいたけれど
勝美君は、かなり奔放な高校時代を過ごしていたらしい
そういう話題を振ると
『鳥海さん このブログ 生徒も結構読んでるので 勘弁してください 』 
と彼は言うが
ヤンキー先生こと義家氏にも劣らぬその半生は
現在の彼を成している要素として欠くべからぬ貴重な経験であると
おいらは解釈する
そして
現在のたけると重なる部分も多いので(彼はそんなにヤンチャではないけれど)
書かずにはおれない
勝美君 勘弁な・・


大学進学など毛頭考えていなかった、高校当時の勝美君
バスケだけは好きで、引退後も部活に出て一生懸命に励んでいたらしい
そこで当時の顧問の先生から
『そんなに好きなら大学でやればいいではないか・・』と諭され
そういう選択肢もあることに初めて気づき
真剣に進学を考えるようになったのは3年生9月のこと
担任の先生に推薦入学を願い出たら一笑に付され
そこから一念発起してガムシャラに勉強し
恩師の出身大学に一般入試で現役合格を果たした
痛快だ・・
その3年後、教育実習で再び母校を訪れた彼
生徒を前に
『おい ちゃんと並べ』と号令し
『そう言うおまえもちゃんと並んでなかったじゃねぇか・・』と
当時の彼を知る先生から突っ込まれていたとか・・
そうして高校教師になった彼
現在は
バスケで入学しているわけではなかろう公立進学校の男女子バスケ部を
一人で受け持ち
どちらも地区の4強にのし上げてしまう手腕は、相当に評価できる。
様々な知識やトレーニング法を貪欲に取り入れ
怪我の無い、強い体を作るために
地元の整形外科医を招聘したり
毎日部活の後にご飯炊いてふりかけで食べさせているとのこと
『おかずにツナ缶でもあればいいのですがお金もあまり集められないので‥』

篤志家の皆様
  缶詰 お願いします 佐久市野沢 野沢北高校 柳沢勝美宛 


教え子の成長を真剣に願う気持ちが、話していても強く伝わってくる
ヤンキー先生なりのコンプレックスもあるのだと、正直に語ってくれる彼
新卒で入った学校での初めての職員会議で出た『コンセンサス』の意味が分らず
帰って慌てて辞書で調べたとか・・ 
『俺 言葉知らないんです・・』と彼は言うが
実のところはかなり饒舌で話し上手だ・・
いやいや
高校生相手に、行動の伴わない美辞麗句をいくら並べたって響かないことは
おいらも経験済み
彼が昨年一年間で学校に行かなかった日は、僅かに10日間だとか
男子部の合宿を終えたら女子部の合宿が始まる長期休みは
むしろ生徒の方がオフが多いらしい
毎日体当たりで彼ら彼女らに接しているからこそ
その想いに応えようと、子供たちも頑張るのだろう
昨年にスティンガーズと練習試合したとき、その雰囲気が感じられました
http://d.hatena.ne.jp/ten-sei/20110911
きっと、教え子の人生に強く影響を与える先生なんだろうな
彼自身がそうであったように・・
ホント、羨ましい職業だ・・


大学進学はおろか、自分がどの方向に進むべきか全く考えなしだった、たける
信州大学と練習試合をしたその日、彼のスイッチが入ったそうだ
http://d.hatena.ne.jp/ten-sei/20100416
勝美君から、是非彼に直接話して聞かせて欲しいものだ
よろしくお願いします


(楽しい時間をありがとう)


記念パーティーも乱入したくなりました